WEB企業法務セミナー ~契約書の作成・審査~
「実践!! 契約書審査の実務」(学陽書房 当事務所著)から
Ⅰ 契約書作成・審査の前に知っておくべきこと
契約書の作成・審査は、形式的な作業ではありません。
事業を立体的に観察し、その事業の目的を達成できるか、リスクはどこに潜んでいるか、そのようなリスクをどのように回避するかなど、知力を総動員して取り組む業務です。
視点としては:
・対象事業の理解
契約は、ビジネスそのものを表現しています。ビジネスを理解しないままだと、想定が行き届かないリスクを伴います。実際に条項に当てはめながら事業の遂行をシミュレーションしてみることが有用です。
・契約目的
契約には、目的があります。
①目的達成のために必要な契約条項は何か。
②当該条項は目的を実現する内容となっているか。
の2つの観点からの検討が必要です。
例えば、①については、独占的販売店契約の場合、販売店に独占権を付与して相互に対象製品の売上拡大を目的とするものであり、営業地域(テリトリー)、最低販売量、競業制限など、目的達成に必要な契約条項を検討する必要があります。
②については、それぞれの条項が、相互の利益にかなう売上拡大に寄与するものかどうかという具体的観点から検討が行われることになります。
・リスクマネージメント
その契約条項でリスクは見積もれますか?
リスク(契約目的の達成を阻害する要因)を評価(識別、分析、評価)し、その発生可能性、重大性を予測して、対応(回避、低減、移転、受容)を行うことになります。
・法的性質
契約は、合意により当事者間の法的関係が決まります。契約内容等は原則として自由に決めることができます(契約自由の原則。新民521Ⅰ「締結の自由」、Ⅱ「内容の自由」、522Ⅱ「方式の自由」)。
しかし、合意がない、又は合意が不明確な事項は、補充的に民法・商法の条文が適用されることになります。
任意法規は合意で排除できるということは誰でも知っています。しかし、意外と意識されていないのが、「排除の意思が明確でないと契約条項と民法の条文が重畳的に適用される」という原理です(当事者の合理的な意思)。したがって、契約条項は、表現上の文言のみならず、当該条項が意図している内容と民法の条文との関係を意識することが求められます。
以上の視点を踏まえ、契約の成立から終了まで必要な項目がすべて規定されているかについて、当該ビジネスに対し具体的に契約条項が適用されることをイメージしながら、契約書の中を歩いて点検し(ウォークスルー)、漏れや引っ掛りはないか、リスクの対応ができているかなど、想定される取引を動かしてみるとよいでしょう(シミュレーション)。
このような意識をもったチェックにより、検討が深くなるだけではなく、イメージの中で思考が立体化し、契約書チェックという作業そのものも楽しくなります。
契約書作成には、リスクマネージメントという重要な役割があります。各条項には、リスクをヘッジする意義があり、それぞれの条項について、リスクを想定しどのような対応がふさわしいかを判断することになります。
また、一般的に、①会社のポリシーと異ならないか(独占権を付与しない、免責条項を設けるなど)、②通常の契約条項と異ならないか、③ 上流の契約その他関連する契約と整合性がとれているか(受注した業務の一部を再委託した場合に、再委託契約の権利の帰属、瑕疵担保責任などが原委託者との間の契約に整合しているか)等にも留意が必要です。
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契約は、「申込みと承諾」による意思の合致によって成立します(新民522Ⅰ「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾をしたときに成立する。」 *ここでの「とき」は、「場合」という意味。法令では「とき」と「時」を厳密にかき分ける。)。
「客観的な意思の合致」があれば、契約は「成立」する。成立した契約から意図した法的効力が生じるかは、次のステップ(書面を必要とする等の効力発生事由又は錯誤等の効力発生阻害事由の存否)での問題です。
ところで、複数人間では、日常的に「意思の合致」がありますが、「契約」は、社会通念上、法的拘束力が生じるものと認められるものでなければなりません。交渉段階の暫定的合意は、通常、法的拘束力は認められません。
次の条項の第二文(「また」以下)に法的拘束力が認められた裁判事例がありますが、解説が長くなりますので、詳細は書籍をご覧ください。
「第○条(誠実協議)
甲及び乙は、本基本合意書に定めのない事項又は本基本合意書の条項について疑義が生じた場合、誠実にこれを協議するものとする。また、直接又は間接を問わず、第三者に対し又は第三者との間で、本基本合意書の目的と抵触しうる取引等にかかる情報提供・協議を行わないものとする。」
見積りは、一般的には、発注の前に対象となる仕事等の価格を知るものであって、まだ引合いの段階です(契約の誘引ないし申込)。見積書の授受によって、契約が成立したとは考えないのが社会通念であり、それだけで法的拘束力が生じるものとはいえません。ただし、見積書に基づいて発注をした場合には、その見積書の内容が契約内容を構成することがありますので、留意を要します。
また、「見積り」の名目でも、そのため試作、設計等の作業を依頼したときは、業務委託契約(準委任)ないし商法512(報酬請求権)による報酬が生じることがあるので注意を要します。その意味で「見積りは無償」というと誤解を招きます。「見積りに伴う業務が、有償か無償か」を検討する必要があります。通常は無償ですが、契約を勧誘するための無償のサービスとはいえない程度の業務を依頼するような場合は、注意が必要です。
見積りに伴う業務につき準委任の成立を認めた裁判例があります。
東京地判平3.6.27判時1413-87
「委託された右業務の趣旨、内容は、従前建築使用されてきた被告建物につき、その使用上の不満、使用目的の変更からくる被告の意図、要望する事項を最大限に実現し実用に供するものとするについて、原告においてその基本構想をまとめ、それに基づき建築、設備、内装、家具、調度等を木目細かい使用上の配慮、生活空間の充実との観点から全体的に統合してその概要を具体的に図面に作成し、その基本設計に基づいて、右建築等諸工事を具体的に実施してゆくのに必要な費用を見積り、その見積費用の確定を経て右諸工事をなすに必要な手配・手続きを原告において行うこととされたものであったと認めることができる。・・・原告の作業について、設計等契約を勧誘する企画設計、概略設計にとどまる程度の無償のサービスと・・・は到底いえない。」
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契約は当事者間の法的効果を生じさせる合意です。したがって、契約条項の解釈は、相互にどのような法律上の拘束力を生じさせようと意図したのかという、当事者の合理的意思を探る作業となります。
契約書を検討する際、多くの条項が文言の有する客観的な意味のとおり法的効果が生じるものとして、特に気にすることもなくチェックを通過していくことが通常です。
文言が不明確、不合理なときは、条項の趣旨、文脈、他の条項との関係、経緯等他の要素を勘案することになりますが、解釈が一義的でない紛争の原因となります。
生じさせようとする法的効果を、文言だけで一義的に明らかになる表現を工夫するのが、当事者双方にとって、判断基準を明確に設定し、ビジネスを円滑に進めるために肝要です。
不明確、不合理な内容の条項に関し後日その解釈の相違が生じて紛争が勃発した事例があります。業界団体所定の定型条項を利用した不動産売買契約書の条項の解釈が紛争となりました。
同契約書には、「買主の義務不履行を理由として売主が契約を解除したときは、買主は違約損害金として手付金の返還を請求することができない旨の約定」、「売主の義務不履行を理由として買主が契約を解除したときは、売主は手付金の倍額を支払わなければならない旨の約定」及び「上記以外に特別の損害を被った当事者の一方は、相手方に違約金又は損害賠償の支払を求めることができる旨の約定」がありました。
買主はこの「特別の損害」を「約定の違約金を超える実損額」として契約に違反した売主に対し損害賠償請求をしたところ、原審は、これを民法412Ⅱの「特別の事情によって生じた損害」と解釈し、本件では特別の損害がないものとして、買主の請求を退けました。
ところが最高裁(最判平9・2・25判時1599・66)は、上記原審の判断を覆し、「特別の損害」の文言は、約定違約金を超えて現実に生じた損害をいうとして次のとおり判示しました。
「(上記)条項は、・・・債権者は、現実に生じた損害の証明を要せずに、手付けの額と同額の損害賠償を求めることができる旨を規定するとともに、現実に生じた損害の証明をして、手付けの額を超える損害の賠償を求めることもできる旨を規定することにより、損害を被った債権者に対し、現実に生じた損害全額の賠償を得させる趣旨を定めた規定と解するのが、社会通念に照らして合理的であり、当事者の通常の意思にも沿う。」
最高裁の判断は、当該条項が定型書式を使用して作成された不動産売買契約書にあらかじめ記載されていたところ、契約締結時にその意味内容について当事者間で特段の話合いが持たれた形跡はないこと、通常生じる損害の賠償額を定額にしておきながら、「特別の事情」によって生じた損害の賠償を請求できるとする合理性が、一般的には見いだし難いことなどを理由としています。
原審は、まさに文言を客観的に解釈して判断したのでしょうが、そうすると当事者の通常の意思から外れる不合理な結果が生じます。そこで最高裁は、約定の経緯、民法の原則に照らした合理性等から当事者の通常の意思を探ったものですが、このように「文言」が法律上の意味を有する場合、原審のように原則として法律上の用法に従って解釈されるので、これと異なる意味に使用する場合は、注意を要します。
契約は、当事者の真意に従い実質に従って判断されます。そして、実体に適合した法律が適応されます。文言の客観的意味にかかわらず、「当事者の合理的意思」を探っていけば、自ら実態が浮き彫りになるのであって、その実質(実体)に沿った法律が適用され、解釈がなされます。
経営委託契約の形式の契約書につき、契約の実体から賃貸借契約と解された事例を紹介します。
東京地判平9・10・15判時1643・159
標題が「乗馬学校経営委託契約書」となっており、また、その内容も、文言上から、賃貸借ではなく、経営委託契約であるかのようにみえる契約についての事例です。
裁判所は、「原告(委託者)と被告(受託者)との間の契約において、・・・原告はその営業上の指示等の権限を有しておらず、実際上も右営業については、被告が独自の計算において行っており、営業上の損益もすべて被告に帰属していたものである。そして、被告は、本件土地建物の利用に関して、その対価としての金員の支払の負担を負っているに過ぎない(名目は「委託営業料」)。
・・・前記契約は、原告において、被告から一定額の金員の支払を受ける対価として、乗馬学校経営のため本件土地を被告に使用収益させることを目的とする契約であり、右契約は、その実体から見て、原告と被告との間の本件土地についての賃貸借契約と解するのが相当・・・」と判断しました。
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弁済の効力(債務の消滅)が生じるためには、債務の本旨に従った履行が要件となります(493)。債務が、一定額の金銭の支払のように、その特定性に疑念の余地がない場合は問題ありませんが、給付(債権の内容たる債務者の行為=債権の目的)の内容が、全て客観的に明確になっている契約ばかりではありません。
この「債務の本旨」ですが、債権の目的、法律の規定、慣習及び信義則によって定められるとされます。これ自体は抽象的な基準ですが、債務者の裁量の幅が大きい業務についての考え方が参考になります。
デザイン業務の委託など、受託者に裁量の幅が大きい業務があります。委託者は、自分の期待するイメージを伝えますが、全ての意思が通じるわけではなく、どうしてもデザイナーの裁量が働く場面が多く生じます。
このような場合、委託者が、成果物が気に入らないといって、債務の本旨に従った履行がないといえるわけではありません。次の裁判例を見てみましょう。ブランド婦人服店の店内デザイン設計請負契約において、委託者が債務不履行解除を主張し請負代金の返還を求めた事案です。
東京地判昭62・5・18判時1272・107
「(デザイナーの業務に関し)デザインにおける素材、色彩又は形状等について発注者から指示があればデザイナーはそれに従うべきことは当然であるが、そのような指示のない限りそのようなイメージのデザイン化は、あげてデザイナーの感性、創作能力に委ねられるものであって、デザイナーが予め発注者とイメージについて充分打合わせをし、その結果に基づきそのイメージに合うものとしてその感性、創作能力をもってデザインを制作した以上、結果的にデザインが発注者の意に沿わないものであったとしても、デザイナーとしてはその債務を履行したものというべきであって、発注者とデザイナーとの間で明示的又は黙示的にその旨の合意がない限り、デザイナーにおいて発注者の意に沿うまでデザインを制作し直す義務はないというべきである。」
本件のような場合、「合理的な裁量」の枠内なのか(特にこだわりを有しない通常の感性であれば許容範囲か否か)という基準で考えるとわかりやすいと思います。ちなみに、このように受託者の裁量の幅の大きな業務については、委託者のイメージに合う結果が得られるようにプロセスの管理が重要となります。
売買や請負の場合、目的物の納品から検査合格までいくつかのプロセスをたどります。
① 請負
・仕事の完成(民632)
・仕事の目的物の引渡し(民633 報酬の支払いと同時履行)
・引渡しを基準とする瑕疵担保責任の存続(民634等)
② 売買(商人間の売買)
・目的物の受領(商526Ⅰ)(民533 代金の支払いと同時履行)
・遅滞なく検査(商526Ⅰ)
・検査して瑕疵発見後直ちに通知(隠れた瑕疵は6か月以内)(商526Ⅱ)
このように、民商法では、納品、検収という用語はありません。これらの用語は、実務上広く使われていますが、民商法のどのような効果に結びつけて使用されているのでしょうか。
引渡しは、占有の移転ですが、納品というのは、引渡しという法律要件に該当する事実といえるでしょう。受領は、引渡しを受け手側から表現した法定の用語ですが、納品を受けることは、目的物を受領したことになります。
検収は、一般的には、目的物を受領してから検査に合格(仕事の完成、明らかな瑕疵の不存在の確認)して受入れ手続きを完了することを指しているようです。ですから、これによって、どのような法的効果が生じるかは、契約の定めによることになります(代金支払い時期や瑕疵担保責任の起算点など)。
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契約が終了(期間満了等)しても契約の存続中に生じた法律効果(=権利義務)は、その履行が完了しなければ消滅しません。契約が終了したからといって、売買した商品の未払の代金債権が消滅しないことを考えれば、このことは明らかです。
重要なのは、契約の終了自体ではなく、「権利(義務)の消滅」です。権利義務が消滅しない以上、契約管理は終了しません。なお、権利の消滅事由には、契約の効力の消滅事由(解除等)、権利自体の消滅事由(弁済等)及び主体の変更(債権譲渡等)があります。
契約期間中に生じる権利義務に関する限り、存続条項(「本契約終了後も○○条・・・は、存続する。」)は、必要ありません。契約終了後の新たな行為が想定され、それを規制しなければならない場合には(守秘義務、競業禁止義務等の継続等)、それを対象とする存続条項が必要です。
継続的契約は、その終了をめぐっての裁判例が多くあります。約定に従った解約をストレートに認めるわけではなく、解約に正当事由を必要とするなど一定の制約を加えています。継続的契約には、期間の定めのある契約とその定めのない契約があるが、ここでは前者の場合について述べます。
改正民法の中間試案の考え方(第34 継続的契約 1 期間の定めのある契約の終了)が参考になります(改正民法では不採用)。これを要約すると次のようになります。
① 期間の定めのある契約は、その期間の満了によって終了する。
② 当事者の一方が契約の更新を申し入れた場合において、当該契約の趣旨、契約に定めた期間の長短、従前の更新の有無及びその経緯その他の事情に照らし、当該契約を存続させることにつき正当な事由があると認められるときは、当該契約は、従前と同一の条件で更新されたものとみなすものとする。ただし、その期間は、定めがないものとする。
これは、概ね裁判実務で採られている考え方をまとめたものとのことです(ただし、裁判所によって判断方法は異なり、大枠の考え方は別として、一致した考え方とは言いにくいのではありますが。)。継続的契約は信義則が特に強く支配します。そして、継続的契約の更新拒絶、解除は、期間満了、解除事由の存在だけでは足りず、やむを得ない事由ないし正当事由が必要となる場合があります(「正当事由」といっても「存続に正当事由があるときに更新拒絶を否定する」とする考え方と「更新拒絶に正当事由があるときに終了を認める」とする考え方があり、証明責任の所在が異なってきます)。したがって、契約条項の定めだけでは、期間満了による契約終了には対応できないことがあるので、そのリスクを認識(いずれの側からも「正当事由」の整備等)しておく必要があります。
なお、同じ継続的契約でも、委任契約は、高度の信頼関係に基づき、民法上も解約事由の原則(651Ⅰ)が定められていますので、若干様相が異なります。
詳細は、拙著をご覧ください。